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琉球古武術 本部御殿手「琉武館」 埼玉県朝霞市武道館

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本部御殿手(もとぶうどぅんでぃー)は、代々琉球王族・本部御殿に伝えられてきた武術です

カテゴリ:琉武館的日々雑感( 21 )

太祖が短棒(薪)を持って戦った様に、何でも武器にする事が、
御殿手の武術の特徴であると思います。
何時、如何なる時、戦わざる事を余儀なくされた時に、
自分の技に自信があるからといって、素手で戦うのは愚の骨頂という事です。
戦う相手との実力差があっても、
100%に限りなく近い勝利を得る事が出来る相手であっても、
身近な物を武器として戦う事が、御殿手の思想です。

さて、今回は、“全てを武器にする”キーワードで記事を書かせて頂きます。
しかし、上記の話からは、少しずれた記事となる事をご容赦下さい。

師範は、「何でも武器にしなさい」と仰います。
その言葉の意味は、上記の意味ではありません。
例えば、其の言葉を投げかけた門下生が、手足が長いとします。
「長い手足を“武器”にしなさい」と、なります。
体重の重い門下生ならば、「体重を“武器”にしなさい」。
体格に恵まれた門下生には、
「懐の深さを“武器”にしなさい」。
詰り、全てのものを武器にする様に、自らの体の特徴も武器にすべきである、
自分の体の特徴を、長所にしてしまえば、其れすらも武器となるという事です。
例え、其れが一般的な格闘技において短所となる事でも、
其の短所を上手く使いこなし、長所に変えてしまうという事も可能であるという事です。
短所と、長所は、表裏一体である事もありますから。

戦いにおいて、平等な事はありえません。
スポーツの様に、階級で区分けされる事もありませんし、同じくランキングや、年齢で、
戦う相手が選別される事は無いでしょう。
ですので、記事の文頭の様な心構えだけでなく、自らの身体的な特徴おも、
武器にするという事を、求められるという事になります。
また、御殿手という兵法を自らのモノにする為には、
既製服を無理やり着る様な修得方法ではなく、
御殿手という生地を、
オーダーメイドの自分の体にあつらえる様にする事が必要だという事です。
また、御殿手という武術はそういう武術だという事です。
只、誤解して頂きたくないのは、
自分勝手に、御殿手という武術を、自分流に歪曲して覚えて良いとか、
何でもかんでも、此れが御殿手だ、と表現して良い訳ではありません。
共通言語、ツール、フォーマット、色々な言葉はあるでしょうが、
本部御殿手という思想/兵法を理解した上での、オーダーメイドであり、
其れを示唆する事が成せる人が、師範だという事なのです。

 門下生の皆様へ、
師範の仰る事を、其の時は理解できなくても、覚えて置きましょうと、
記事にした事ありますが、其処には、技だけでなくもっと大きな視野の物もあります。
そして自らは、自分の体の全てが武器になりうる事を、
大きな期待を持って見つめて見ましょう。
現時点では、気が付いていない自分の可能性と、個性というモノの素晴しさ、
其れを引き出してくれるのが、御殿手という武術であるという事なのです。

 “全てを武器にする”。二つの意味合いで記事を書いてみました。
この記事を書くきっかけは、体重増加を気になさった門下生の呟きからです。
此れも、“全てを武器(ネタという意味で)にする”の一つであります。
琉武館の公式ブログの記事を書く事が、
広報に繋がるという事であるのならば、記事も攻撃の一つです。
ちょっとした呟きも記事にして、広報活動に繋げる。そんな感じの今回の記事でした。
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by kobujutu | 2010-07-20 13:57 | 琉武館的日々雑感
私は、2000年(平成12年)入門で、今年で10年目になります。
やっと10年、まだ10年です。
此処2年間程仕事の関係上、毎回通う事は出来ませんので、
実際の時間との乖離はあるでしょうが、毎週日曜日の稽古の参加で、
4時間×月4回×12ヶ月×10年=1,920時間。
一流アスリートと呼ばれる方々は、
1万時間以上練習を積んで、やっと其のステージに立てるとの事。
武術家はアスリートではありませんが、私の上記の時間は全く持って足りていません。
しかし、武術の稽古は道場だけではなく、日々の生活にも修行の場があります。

 24時間365日。
武術の修行というものは、そういうものだと思っております。
じゃぁ、君はそうなのか、其処まで自らに「武」と深く向き合っているのか、
と、問いただされた時、否とも是とも答えるでしょう。
正業を持ち、其れを生業と成して、日々生活している私にとって、
仕事中に仕事以外の事を真剣に考えるのは、些か問題があります。
特に私は、とある企業の生産部門で働く肉体労働者ですから、
仕事中他の事を考えるのは、危険でありますし、一社会人としての矜持を問われます。
しかし、仕事中の体の動かし方、作業導線の効率化、工程の組み立て等、
其れが「武」に繋がるという事が、
「仕事」と「武」が重なり合っている事も紛れも無い事実です。
私にも、会社以外の生活も勿論ある訳で、其処での「武」との関りも、
仕事中同様、否とも是とも答えられます。
理想は、時分で意識しないレベルで、生活の全てが「武」となればという事です。

 道場だけの稽古が稽古ではありません。
武術というものは、日々の生活が其れ即ち、武術であると思っております。
そうした場合、私の10年間は1920時間の稽古時間ではなく。
24時間×365日×10年=87,600時間となるでしょう
但し、この上記境地に至ったのは、帯が黒くなってからなので、
87,600時間というのは大変誇張し過ぎの数値であります。
そして、私も人の子ですから、「武」を全く頭から抜かしてしまう時間もあります。
其処は、修行者として未熟である所ですし、また、其れも含めて私であると思います。

 まぁ、私のメリハリのあり過ぎる場面を、道場方々は、
日々垣間見ていると思いますので、今回の記事に苦笑を持って読まれると思われますが、
根底にあるものは、そういうものだと思っていただければ、
私に関する評価が上がるのではないでしょうか‥ねぇ、という記事でした。

 勿論、この記事を御覧頂いた琉武館門下生以外の方々は、額面通りに、
武術と其の武術の修行者の心構え、としてお読み頂ければ幸いです。
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by kobujutu | 2010-07-14 13:02 | 琉武館的日々雑感
この度、2010/6/27(日)朝霞市立第三中学校にて、
第十回琉球古武術演武大会を開催しました。
第55回市民総合体育大会、そして、体育協会創立60周年記念大会という、
朝霞市の体育協会会員としても記念すべき大会になっております。

 さて、今回は琉武館門下生として、今大会の感想を書いてみたいと思っています。
今回の、スローガンは、

勝を制するを欲せず 破れをとらざるを期すべし

です。
其のスローガンの下、門下生一同稽古に励んできました。
と、書いている私ですが、実は、稽古に参加していません。
言い訳ですが、仕事の関係上毎回稽古に参加できないからです。
ですので、前回参加できた5月中旬の門下生の練度と、
大会の直前の最終稽古を、はっきり対比してみる事が出来ました。
稽古に参加できる回数が少ないというのは、自分の稽古は兎も角、
琉武館で共に汗を流す仲間達の成長を、肌で感じるにはとても良い環境でして、
仲間達の技の練度、御殿手に対する姿勢、どれをとっても頼もしく思える程の、
成長振りを感じる事が出来ます。
其の環境に浸かっていると、見えてこない事も多いです。
しかし、一歩其の輪から外れて客観的に全体を見渡した時に、新たな発見があり、
其れも武術の修行にとって、有効な稽古の一つではないかと感じています。

 さて、そんな私のお奨めする今回の見所だったのは、
≪若手に分類される、茶帯&準茶の白帯連の演武≫です。
今迄、黒帯クラスが演武していた演目を、上記の方々が演武します。
過去、当道場の演武大会を御覧頂いた方々からすれば、
此処迄稽古を積み上げたのかと、感動されること間違い無いです。
少なくとも、私は拍手を持って、演武の事前稽古を見ていました。
大変手前味噌ですが、琉武館の底力を発揮できる演武構成になっていると思います。
実際に、演武大会は素晴しい出来でした。
自分も演武者でしたが、皆さんの演武を拍手喝采で脇に控えていたのは事実です。

演武大会を見に来て頂いた方々へ、
今回、全体的な底上げによる、より高度な演武内容となりました。
門下生の身内の方々は、御身内の門下生の成長と、
其れを促した、本部御殿手という武術の素晴しさを肌で感じて下さったと思います。

 関係者各位様、参加された道場の皆様、演武大会を御覧頂いた方々、
皆様のお陰で無事大会を開催し、終了させる事が出来ました。
この文面にて、感謝の気持ちとして記事を、返させて頂きます。

投稿者;小

追記
今回は「日々雑感」を担当していただいている「小」さんの記事を先行掲載
しておりますが、追って公式報告としての文章を「K-4」さんより掲載して
頂く予定になっております。(記;編集M)
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by kobujutu | 2010-07-08 10:40 | 琉武館的日々雑感
演武大会も近いという事もあり、
5/9の稽古内容は琉武館の稽古目録に沿って行いました。

 そもそもの成り立ちとして、
一子相伝である御殿手は、稽古内容の教科書的な目録はありません。
しかし、時代は変わり故12代宗家上原先生が公開され、
多くの師範方々達が道場という物を持つ様になり、
稽古形態として一度に多人数で行う必要が発生し、
各師範が各道場で工夫され、其々の道場で道場の特色のある稽古内容が行われています。

 琉武館では、稽古進行者(若手黒帯)が、当日の内容を決め稽古進行します。
当日のメンバー構成、参加人数、道場行事迄の日数等、臨機応変で決めます。
ですので、基本稽古に重点を置く日、相対稽古に重点を置く日、型稽古に重点を置く日、
同じ内容で稽古を行う日が無いといっても、過言ではありません。
其れは、稽古目録に沿って行ってしまうと、稽古時間の13:00~15:00/15:00~17:00の、
前半戦の二時間を使い切ってしまいます。数年前は、そういう稽古を行っていました。
しかし、其れでは初級者の方々が此処の形等を覚えるのに弊害があり、
現在は、進行者の判断で、稽古内容を形式に拘らず柔軟に構成しています。

 しかし、上記の通り、5/9の稽古内容は目録に沿って進行。
演武大会が来月6/27に行われるので、
門下生一同に一通りの形の再確認を行ってもらう為、
また、毎年4月に行われている初級者教室をきっかけで入門なさった方々に、
琉武館稽古目録の稽古を体験して頂きたかったのと、
簡単で浅くですが、形(体術/武器)の形の紹介をしたかったからです。

 本来、初心者/初級者/中級者~と、
個人のレベルに合わせて個別稽古を行えば熟達は早いでしょう。
多くの武道の道場は、其れを基本としてクラス構成していて、
昇級審査にクラス構成としての重みがあり、帯の色が細かく設定されて、
本人の熟達度⇒稽古内容となっていると思います。
しかし、琉武館では個人のレベルに関係なく同じ稽古を行います。
同じ基本稽古、形の稽古を、各々のレベルに合わせて、
各々が自らの目指すべき姿に近づける様に行います。いや、行うべきであります。
其れが、琉武館の伝統であり、私達は其れに沿って稽古を行い現状があります。
“受身の稽古”心算で参加するのではなく、
“武術を修める”心算で稽古に参加しないといけません。
厳しい表現をするならば、上昇(上手くなる/強くなる)志向がないと、
ただ、日々が流れて行く年数だけ道場に通っていますという事になります。
しかし、求める人には師範を中心として、
其の手助けを行う形が出来上がっているのが琉武館です。
勿論、私も師範に教えを頂いている一人です、
そして、師範のレベルには程遠いですが、
求める人の手助けを行っている一人でもあります。
門下生達が互いに互いを支え合い、
お互いに切磋琢磨しているそんな所が、琉武館の良さであると思っています。

 来月の演武大会に向けて、稽古内容が変わってくると思います、
“演武”の稽古は、琉武館の稽古の通常とは異なります。
しかし、演武の稽古も新しい発見がありますし、
各個人に細かい指導が入ったりするチャンスでもあります。
私個人もそうですが、門下生の皆さん、演武大会という目的の稽古を、
技の上達の手段として活用して下さい。

投稿者;小
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by kobujutu | 2010-05-10 10:15 | 琉武館的日々雑感
 琉武館では、稽古に際して、
眼鏡を着用する人、
裸眼で稽古に臨む人、
コンタクトレンズを着用する人の、
3パターン存在します。

稽古に際してで、稽古後は眼鏡をかける、
コンタクト派の方もいますし、稽古中は裸眼で、
同じく、稽古後眼鏡をかける方もいます。

 其れでは、武術の稽古に際して、
視力の重要性の問題を書いてみたいと思います。

 本来、本部御殿手は、合戦手(戦の為の技)と、
如何なる状況においても、生き残るための技である、
と、私は解釈しています。
ですので、視力矯正器具を使用して稽古に臨むのは、
大変理にかなっており、普通の事であると思いますし、
より、自分に対して好条件な状況にし、
稽古に臨むのは正しい事であると思います。

 さて、私はと申しますと、
現在、左右の視力は(0,2/0,1)です。
一般的には、
視力が弱いとされる分類に振り分けられますが、
稽古中視力矯正器具は、使用していません。
視力が極端に悪くなったのは、社会人になってからという、
比較的遅咲きの眼鏡使用者でして、
(正しい表現かどうかは此処では割愛します)
眼鏡を常用していないし、視力の弱さをハンディとして感じていない、
ですので、
稽古に際して視力矯正具を必要と感じていません。
必要とされる場面が限られており、
日常眼鏡をかける機会は、車の運転等、
クリアーな見え方と必要とする場合のみで、
道場の広さに対して、また、実際の戦いに際しても
(あってはなりませんが仮定として)、
輪郭はぼやけますが、視野が保たれている以上、
裸眼で武と付き合っています。

 実際に、そういう方が居られるかは定かではありませんが、
視力矯正具を身につけて、
武を修める事をあきらめた方がおられましたら、
門下生に視力矯正具を身につけて、
稽古している門下生は多いので、問題はありません。
是非、琉武館の門を叩いて下さい。

投稿者;小
タイトル;M
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by kobujutu | 2010-02-18 14:20 | 琉武館的日々雑感


風にうちなびく若竹のごとに
技やむちむちとかるくかわし

(読み方:かじにうちなびく わかだきのごとに
     わざやむちむちと かるくかわし)
(歌意:風に吹かれてゆれ動く若竹のごとく、
    相手の力に抵抗せず、逆らわず、しなやかに柔軟性を持って、
    武の技は無心にかけ、相手をかわしていきなさい。)

此れは、第十一代宗家本部朝勇先生が、第十二代宗家上原清吉先生に、
残された遺歌の一首です。

私にとって、一番心に響いた歌であると同時に、
私の一生続く本部御殿手の修行の、お題であります。

 本部朝勇先生は、上原先生の事を“若竹”と歌の中で称しているので、
上原先生へ向けた歌であり、其のままの解釈で、
私が歌を自分の武術家の思想として、
落とし込んで良いかどうかは判りません。
しかし、何首か残されている遺歌の中で、私はこの歌を選びました。

 初めて遺歌集を読んだ時に、
私が、初めて上原先生の姿を見て感じた感覚は、この歌はそのものだと。
そして、私も同じ所まで昇れるとは思っていませんが、
目標を高く掲げる事は、自分にとってプラスになると思っています。

  風に吹かれてゆれ動く若竹のごとく、
 相手の力に抵抗せず、逆らわず、しなやかに柔軟性を持って、
 武の技は無心にかけ、相手をかわしていきなさい。

 聞くだけ、読むだけ、書くだけでは簡単です。
其れを自分のものとするのは、簡単な事ではないと解っています。
しかし、私のスタイルとして、一生続く修行のお題として、
心に掲げて道場では稽古しています。

琉武館の門下生達は、
色々な思いで、稽古に汗を流していると思います。
其々に、其々の本部御殿手に対する思い、自分の武に対する思いがあると思います。
本部御殿手という、大きな基本となる思想/兵法の基で、
大樹の枝の様に、個人の良さを広げられるのが本部御殿手だと思います。

この他にも、上原先生に残された遺歌は多く残されています。
私はこの歌が心に響きましたが、同じく感じる人もいるでしょうし、
逆に、他の歌を選ぶ人もいるでしょう。
でも、其の選択の広さも琉武館の特徴であり良さです。
見学は何時でも大歓迎ですので、
是非、見学に入らして其れを感じ取って下さい。
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by kobujutu | 2010-01-25 00:00 | 琉武館的日々雑感


 取手という、文字通り相手の手首を取り、
無抵抗化する技があります。
(足首にかける、取手技もありますが。)
私は、入門当初其れが全く出来ず、
師範に『“小”さんには、まだ早いですね。』と。
私個人も、出来ない技を一生懸命練習するのも辛かったのと、
師範に “出来ないお墨付き”を頂いたので、
此れ幸いと、取手の稽古はしませんでした。
但し、上級者の方に稽古で取手を使われましたし、
自分は出来ないという事を踏まえた上で、
其れを受け手として体験して、
技の効かせ方を見たりはしていました。

 入門して、稽古を積んで行き、帯に色が付いた頃師範に、
『“小”さん、そろそろ取手をやってみましょうか。』と。
今迄、自分が使える技としてどころか、
自分が覚えるべき技からも除外されていた取手。
しかし、レベルは高くは無いですが、技を効かせる事が出来たのです。
師範は凄いなと、其の時は吃驚しました。
門下生達の、この技はまだ早い。この技は、そろそろ出来る。
を、見抜いているのです。

 『知識として、覚えておきましょう。』

 よく師範が、白帯の方々に言う言葉です。
私に向けてとしても、何度も聴いた事がある言葉です。
本部御殿手の技は、修行者に其の技が使える器が出来ないと、
技が身に乗らない。
9年程しか修めていない私が語るには、
生意気かもしれませんが、其れが、
武道の技と武術の技の違いではないかと思います。

 知識としての技

此れの言葉の重さを、私も含めて、
門下生は噛み締める必要性があると思います。

 今回の記事は、内に向けての記事でした。
琉武館の門下生以外のブログを御覧の方々には、
何の事やら解らないかもしれませんが、
私こと“小”が琉武館の一門下生として、
武術とどう向き合っているかの、
記事としてお読み下れば幸いです。
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by kobujutu | 2010-01-20 00:00 | 琉武館的日々雑感
 琉武館門下生として、
2010年を如何過してゆくか考えてみました。
今迄比べて、きっと変わらないと思います。
というか、変えてはいけないような気がするからです。
今迄も、これからも、本部御殿手の修行をコツコツと、
修めてゆくだけだと思います。おしまい。

 では、話になりませんね。
其れでは、琉武館門下生雑感記事担当の“小”と致しまして、
新年の抱負を書かせて頂きます。

 お蔭様で、以前にも書きましたが、
琉武官の門下生は、ここ数年人数を増やしてまいりました。
“類は友を呼ぶ”効果と申しましょうか、
師範の下へと、色々な動機、目的、手段を持った人間が集まり、
兄弟姉妹の様な関係を築ける仲間が増えました。
その様な素晴しい環境を、
私なりに維持できるよう活動するつもりです。

琉武館門下生雑感記事担当としては、
当ブログを御覧になる方々に、
武術の稽古ってこんなに楽しいそうなのか、とか、
武術の道場って思いのほか敷居が低いのか、とか、
武術を修める人達ってそういう人達なのか、とか、
雑感というフォーマットを使っての、
広報活動をして行きたいと思っています。

 一門弟としては、
武術者として弛まぬ技術の向上、
武術者として恥しくない立ち振る舞い、
武術者としてのより高みを目指す志の方向性、
を、進めるだけです。
これは、毎年考える新年の抱負ですが、
これが、一番重要な事ではないかと思います。
細かい自らに掛ける課題は、毎年異なります。
詳細は毎年、師範に送る年賀状に書いています。
師範の弟子としての、決意というか、
役割遂行への目標の様なものですかね。

 その内容に関しては、
私の稽古をみて頂いて、「あー“小”の目標は…」と、
推測して頂ければと思います。
琉武館門下生向けの記事でした。

あっ、逆に、
気になる方は、琉武館の門をくぐって頂ければ、と、
ちゃっかり、入門者拡大の記事。
(私の事が気になる方々が居るという事前提ですが。)
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by kobujutu | 2010-01-18 17:37 | 琉武館的日々雑感
 現在、女性も6名在籍していて、
不定期ですが、新規入門者も来る状況にある琉武館ですが、
一時入門者が入らない年が数年ありました。

 また其の時代は、
私より先に入門した先輩達が一気に辞めて行き、
私達(同じ年に入会した若手?四人組)より兄弟子達は、
長く御殿手を修めている兄弟子のみという状態。

師範は、「何時も道場の門は開いている」

という心の持ち主ですが、
自ら積極的に門弟を増やそうとなさらない
(と、師範の姿を見て私はそう感じる)ので、
どうしたら新規入門者がと、考えていた時期がありました。

 当時私は、
トータル的な髪型等に難ありといった風貌でして、
四人組で一番後に入門した、兄弟弟子には、

『格闘ゲームキャラクターの、
リアルコスプレイヤーがいる。』


後々に、私の見た目の感想を言われた位でした。

そんな私と、同期四人組の一人との稽古風景を見た、
兄弟弟子の知人が、
『(凄い奴と)稽古していたから、怖かったので、声かけられなかったよ。』
と、後日感想を洩らしたそうです。

で、「私の見た目が、怖いので入門者が入らないのだ。」という話になりました。

勿論、事実かもしれませんでしたが半分冗談です。(意図的加工済み

 若い男性入門者を増やす為には、
若い女性に入門して貰わないといけないという、
話になりまして、若い女性に入ってもらう為には、
容姿端麗な男がいないといけない。

じゃあ誰かが、客寄せでビジュアル系になれという話に。
結局其の話は、茶飲み的な話の域を超えないで今に至ります。

間違いなく、如何足掻いても私は、
ビジュアル系担当にはなれませんけれども、
担当になれる兄弟弟子はいますので、
実際に企画して、やってみたら面白かったかもしれません。

でも、其れをせずに此処数年の入門者の増加。
策をもって入門者の増加をするのではなく、
「何時も道場の門は開いている」というスタンスを執って置けば、
門をくぐる人達は、いるのだと思います。

 自らのビジュアルに自信があり、
古流武術を修めたい若い男性は、
私は、歓迎いたしますので、是非入らして下さい。
若くて、容姿端麗で、古流武術を修めているなんていうのは、
これからの世の中に、必要な人材ですよ。

と、今回は、
中年に分類される琉武館の弟子の「独り言」でした。


投稿者:“小”

加工者:“M”
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by kobujutu | 2010-01-05 11:26 | 琉武館的日々雑感
あけましておめでとうございます

本部御殿手琉武館公式ブログ、
ライター“小”より皆様に新年のご挨拶を申し上げます。
実は、まだ2009年ですけどね。
まぁ、年賀状を作っている気持ちです。
其れを見越してお読み下さい。

昨年は、ブログ管理人(私もそうですが)の交代により、
長らく放置されていた当ブログも記事の更新を開始しました。
私個人は、琉武館門下生として、
清く正しく面白い記事担当をさせて頂きました。
これからも其のスタンスは変えません。
何故なら、其れが私の役割だと、思っておりますからです。

 Web上に公式の空間があるのに、
放置していた事は門下生として如何なものかとは思っていましたが、
自ら、「私がやります」とまで積極性を持つ事無く、
今に至っていました。
これからは、訪問して頂く皆様に不定期になってしまいますでしょうが、
琉武館門下生雑感記事担当として、
皆様には、“今回はどんな記事だろうと”期待して読んで頂けるよう、
文章能力向上の精進の気持ちだけは持って、キーボードを叩きます。
今年も一年、宜しくお願い致します。


※編集Mより
この記事は年明け早々にお預かりしておりましたが、当方がアップし忘れておりました。
申し訳ございません。
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by kobujutu | 2010-01-01 00:00 | 琉武館的日々雑感