古流武術の醍醐味は、長く修める事により、重ねる稽古により技に研鑽をかけ、
身に技が乗り、術者として熟成されていく所であり、
近代格闘技の醍醐味である、若さと鍛錬の積み重ね、と異なる所です。
道場の方で、お子さんが生まれ、家族が増えた方がいます。
其の方は、道場を半年程休み、本人曰く≪産休≫との事。
『 長く御殿手を続ける為に、産休を取って半年休みました。 』と、
笑顔で語っていらして、詞は軽く、簡単に語っていましたが、
其の言葉の意味に、また、深さに感動しました。
「家族あっての武術」、先代宗家の上原先生は、そう仰っていました。
「武」とは、身を守る、家族を守る、財産を守るetc…。
詰り、身一つで武術を修めるのではなく、
何かを背負い、そして共に歩んでゆく存在があって、
武術を修めて行くものであるのだという事だと解釈しています。
日曜日の昼下がり、家族を持ち、また、幼いお子さんを持つ一家の大黒柱が、
家族からすれば何の益にも成らない(本当は益に成るのですが)活動をし、
家庭サービスをしないというのは、特に奥方からすれば、憤懣ヤルカタナシだと。
お子さんが成長していて、
日曜日に家族との物理的な繋がりが少なくなってきたご家庭の人、単身者とを比べ、
日曜日の昼下がりに4時間、己の身を自ら拘束するというのは、
其れに傾ける労力、精神力、忍耐力、其れは大変なものだと思います。
師範が、『精神的な修行は他所でして下さい、此処(道場)は、技を学ぶ所です。』
と、我々に金言を投げかけられた事があります。
正しく、そういう事だと、師範の論を実践しているのだと思います。
この記事は、雑感ですので、少し砕けた内容で書きますが。
上記の方は、会社からの帰宅後は、家で家事労働をこなし、土曜日は家族サービス、
其れをこなしての、日曜日の午後があるそうです。
ご本人は、「旦那は辛いよ!」的話として、
笑顔で語っておられましたが、其のバックボーンには、
長く御殿手と付き合っていたい、という「武」に対する熱い思いがあるのです。
過去、学生さんで道場の門を叩かれて、入門された方々は、
残念な事に皆さん卒業と共に、道場を去って行かれました。
就職に伴う移転等、致し方無い理由が多いですが、そうでない方も居られます。
失礼な物言いですが、学生時代の外部サークル活動的なスタンスで始められたので、
卒業と共に道場を去ったのか、学生時分の人生の時間割と、
社会人になってからの時間割が異なった為で去ったのかは判りませんが、
私の経験した10年間では、未来ある修行時間がより長く取れる、
若者に御殿手を修めて欲しいのに残念な結果が多いです。
逆に、社会人となり、人によっては新しい家庭を持って、道場の門を叩いた人は、
続いている、其れは長く修めたいという気持ちがあるからだと思っています。
以前、私はお気軽に門を叩いて下さいと、記事を書いた事があります。
勿論其れは今も変わりません、同じく、ご自分の求めるものと、当道場と御殿手に、
乖離があれば、去っていかれる事も致し方が無いと思います。
しかし、本部御殿手という武術は、
“数年でミルミル強くなる”という格闘技ではありません。
武術というものは文頭書かせて頂いた様な、研鑽と熟成によるものです。
長く続けて頂く、此れが一番に求められる心構えかと、私は思っております。
「何時でも道場の門は開かれている」
此れは変わりません。半年でも何年でも、道場での稽古を休む事が必要なら、
全く構わないと思います、そして、何時でも気軽に戻って構わないのが、琉武館です。
門下生の皆様へ。
私個人、現行の様に数ヶ月に2回というスタンスで道場に通っています。
其れでも、皆様に温かく迎えられて、道場での稽古に楽しい汗を流させて頂いています。
皆様も、私の様な状況になっても、御殿手に対する情熱がある限り、通い続けられます。
ですので、長く修めて頂ければ幸いです。
使う場面は違いますが、共に白髪の生える迄、と申しますよね、
‥まぁ、私個人もうチラホラ生えていますが、皆さんと共に白髪の生える迄、
研鑚を重ねて行きましょう。